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	<title>LEADER&#039;S BUNKO CAMP</title>
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			<name>リーダー</name>
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		<title>合同企画「リーダーズギキョクキャンプ」ブンコキャンプ編（2）いつでも読みかけに</title>
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	<dc:subject>基礎プログラム</dc:subject>
	<dc:subject>番外編</dc:subject>		<summary type="text/html">	今日はまず、ミステリーとかSFとか、純文学（本格文学）以外の比較的娯楽的な小説を&quot;ジャンル小説&quot;なんて呼ぶことを何となくでいいから覚えてくれ。今、純文学とか、娯楽的な小説って言葉を使ったけど、これはあくまで便宜上のことだ。どこまでが純文学でどこまでが娯楽的な小説なのかっていう定義の問題があるし、そもそも小説って娯楽的なものじゃないのか、だとしたら純文学ってのは何なんだ、っていう部分にも議論の余地がある。そのあたりは現在の小演劇にも深く関わる部分だから、あとでまた取り上げるぞ。今日は、そのいわゆる&quot;ジャンル小説&quot;を使って、&quot;常に本を読みかけの状態にする&quot;トレーニングをするぞ。ついてこい！オレが小演劇を観ていて、どんなジャンル小説から一番影響を受けていると感じるかというと、それはファンタジーだな。ちょっと厳しいことを言うようだけど、その演劇がファンタジーだからって、前に取り上げた指輪物語とか、あるいは不思議の国のアリスなんかを詳細に分析して上演していることはほとんど無い。大体あくまで&quot;ファンタジックな物語&quot;ということに過ぎないんだけど、それでもジャンルとしてのファンタジーが、演劇をやるような層に希求するっていうか、脚本家がそういうお話を書きたくなる傾向にある、ってことだけは確かだろうな。一言でファンタジーって言うけど、文学としてのファンタジーは大きく分けると二種類ある。指輪物語みたいに、剣と魔法の世界を仲間が旅し、大事な使命を果たして帰ってくる、っていうようないわゆる&quot;いきてかえりし物語&quot;のパターン。もう一つは、ハリーポッターみたいな、剣と魔法の世界のような異世界の物語でありながら、本質的には謎解きの要素が強い、いわゆる&quot;ミステリー・ファンタジー&quot;。ここにもまたミステリーが出てきた。こうなると、ミステリーってのはただ推理小説のことを指すんじゃないような気がするだろ？&quot;物語を通じて、大きな謎を解き明かしていく&quot;ってのが物語の本質だから、小説は本質的にはみんなミステリーと考えた方がいいかもしれないな。これもまた演劇の判断材料になるんだ。例えば演劇を観て、「あ、これはファンタジーだな」と思ったとしよう。見終わって、上の二つのどちらでも無いとしたら、それは少なくとも&quot;今までになかった画期的な作品&quot;か&quot;勉強不足の産物&quot;の二択になるわけだからな。そういうことを踏まえた上で、今日はこれを紹介しよう。予言の守護者―ベルガリアード物語〈1〉 (ハヤカワ文庫FT)David Eddings 宇佐川 晶子
本当はこれじゃなくても良かった、何て言うと語弊があるけど、今回の題材としてはハリー・ポッターでもゲド戦記でも良かったんだ。何故なら今回は、そのような&quot;ベストセラー・ファンタジー&quot;というものの存在を知って欲しかったからなんだ。みんなが知っているであろうハリポタもゲド戦記もブンコで出てない（つまり高い）から、今回はこれを選んでみたわけだ。&quot;ベストセラー・ファンタジー&quot;っていうのは、名前通り売り上げの多かったファンタジーのことを指すんだけど、それ以外に、この本みたいに&quot;巻数が大体5巻以上あって、長くシリーズ化されているファンタジー&quot;っていう意味も含まれるようになった。読者がファンタジーにそのような要素を求める＝売れるからなんだけど、シリーズ化されているってことは、次も買って貰わなきゃいけないわけだから、大体続きが気になるように書いてある。だから一度読み始めてしまうと、続きが気になって何冊も買ってしまうし、続きが気になるからもの凄い勢いで読むだろ。その上、また同じような読書体験がしたくなって、別のシリーズにも手を出してしまう…こういうサイクルで、常に読書をしている状態になるわけだ。こうなったらしめたものだな。何故って、読書って本来そういうものだからだよ。面白く読めて、それがずーっと続くなら、それはまさに&quot;趣味は読書&quot;って状態なわけだ。だから、恒常的に読書をする状態に自分を持って行きたいなら、これら&quot;ベストセラー・ファンタジー&quot;のいずれかを好みで選んでみるといいと思うぞ。問題は、下手すると読書で日常生活に支障をきたす恐れがあるって事だ。オレみたいにな！みんな！最後までよく頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/10/03/2/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(172, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;今&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;日はまず、ミステリーとかSFとか、純文学（本格文学）以外の比較的娯楽的な小説を&quot;ジャンル小説&quot;なんて呼ぶことを何となくでいいから覚えてくれ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今、純文学とか、娯楽的な小説って言葉を使ったけど、これはあくまで便宜上のことだ。&lt;br /&gt;どこまでが純文学でどこまでが娯楽的な小説なのかっていう定義の問題があるし、そもそも小説って娯楽的なものじゃないのか、だとしたら純文学ってのは何なんだ、っていう部分にも議論の余地がある。&lt;br /&gt;そのあたりは現在の小演劇にも深く関わる部分だから、あとでまた取り上げるぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今日は、そのいわゆる&quot;ジャンル小説&quot;を使って、&quot;常に本を読みかけの状態にする&quot;トレーニングをするぞ。ついてこい！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;オレが小演劇を観ていて、どんなジャンル小説から一番影響を受けていると感じるかというと、それはファンタジーだな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ちょっと厳しいことを言うようだけど、その演劇がファンタジーだからって、前に取り上げた指輪物語とか、あるいは不思議の国のアリスなんかを詳細に分析して上演していることはほとんど無い。&lt;br /&gt;大体あくまで&quot;ファンタジックな物語&quot;ということに過ぎないんだけど、それでもジャンルとしてのファンタジーが、演劇をやるような層に希求するっていうか、脚本家がそういうお話を書きたくなる傾向にある、ってことだけは確かだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;一言でファンタジーって言うけど、文学としてのファンタジーは大きく分けると二種類ある。指輪物語みたいに、剣と魔法の世界を仲間が旅し、大事な使命を果たして帰ってくる、っていうようないわゆる&quot;いきてかえりし物語&quot;のパターン。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;もう一つは、ハリーポッターみたいな、剣と魔法の世界のような異世界の物語でありながら、本質的には謎解きの要素が強い、いわゆる&quot;ミステリー・ファンタジー&quot;。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ここにもまたミステリーが出てきた。&lt;br /&gt;こうなると、ミステリーってのはただ推理小説のことを指すんじゃないような気がするだろ？&quot;物語を通じて、大きな謎を解き明かしていく&quot;ってのが物語の本質だから、小説は本質的にはみんなミステリーと考えた方がいいかもしれないな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;これもまた演劇の判断材料になるんだ。&lt;br /&gt;例えば演劇を観て、「あ、これはファンタジーだな」と思ったとしよう。見終わって、上の二つのどちらでも無いとしたら、それは少なくとも&quot;今までになかった画期的な作品&quot;か&quot;勉強不足の産物&quot;の二択になるわけだからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そういうことを踏まえた上で、今日はこれを紹介しよう。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150203806/zicohinancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;予言の守護者―ベルガリアード物語〈1〉 (ハヤカワ文庫FT)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;David Eddings 宇佐川 晶子 &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150203806/zicohinancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/61AK32CXYGL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4150203806&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;本当はこれじゃなくても良かった、何て言うと語弊があるけど、今回の題材としてはハリー・ポッターでもゲド戦記でも良かったんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;何故なら今回は、そのような&quot;ベストセラー・ファンタジー&quot;というものの存在を知って欲しかったからなんだ。&lt;br /&gt;みんなが知っているであろうハリポタもゲド戦記もブンコで出てない（つまり高い）から、今回はこれを選んでみたわけだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&amp;#8220;ベストセラー・ファンタジー&quot;っていうのは、名前通り売り上げの多かったファンタジーのことを指すんだけど、それ以外に、この本みたいに&quot;巻数が大体5巻以上あって、長くシリーズ化されているファンタジー&quot;っていう意味も含まれるようになった。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;読者がファンタジーにそのような要素を求める＝売れるからなんだけど、シリーズ化されているってことは、次も買って貰わなきゃいけないわけだから、大体続きが気になるように書いてある。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だから一度読み始めてしまうと、続きが気になって何冊も買ってしまうし、続きが気になるからもの凄い勢いで読むだろ。&lt;br /&gt;その上、また同じような読書体験がしたくなって、別のシリーズにも手を出してしまう…こういうサイクルで、常に読書をしている状態になるわけだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;こうなったらしめたものだな。何故って、読書って本来そういうものだからだよ。&lt;br /&gt;面白く読めて、それがずーっと続くなら、それはまさに&quot;趣味は読書&quot;って状態なわけだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だから、恒常的に読書をする状態に自分を持って行きたいなら、これら&quot;ベストセラー・ファンタジー&quot;のいずれかを好みで選んでみるといいと思うぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;問題は、下手すると読書で日常生活に支障をきたす恐れがあるって事だ。&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;オレみたいに&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;な！&lt;/p&gt;
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		<title>合同企画「リーダーズギキョクキャンプ」ブンコキャンプ編</title>
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		<issued>2008-09-18T20:58:22+09:00</issued>
		
	<dc:subject>番外編</dc:subject>		<summary type="text/html">	「EG宣言」と「リーダーズブンコキャンプ」の合同企画って事で、今回はこっちでも戯曲について鍛えていくぞ。ブンコキャンプとしての立場から、どうやって戯曲を書くのかを学んでいこうというわけだ。どうやって書くのかって、普通にパソコンの前に向かって書くんだろう、って思うかも知れない。ここで、「戯曲だって文学」だという当然のことをもう一度確認しておこう。人間何にもないところからいきなり文学作品を作るのは不可能に近いのはわかるよな。たとえ出来たとしても、それはやっぱり長続きしないだろうな。良く戯曲家がネタ切れに苦しんだり、台本が極端に遅れたりって事があるけど、それは日常的にブックリードしていないことが主な原因なんだ。じゃあ、世の戯曲家ってのはどんな本を読んでるのか＝どんな文学の勉強をしてるのか、ってのを判断するのは、実は難しい。今やみんなテレビとかゲームとかのサブカルチャーからの影響の方が強いだろうからな。それでも、いつまで経ってもテレビやゲームが文学の影響から逃れられないのと同じように、演劇（戯曲）だってそうなのが理屈だし、少ないかもしれないけど、ブックリーダーから見ると、文学からの影響関係が感じられる演劇（戯曲）もある。今回はそんな中から二点、というか二人の小説家を紹介するぞ。流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)フィリップ・K・ディック
猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)カート・ヴォネガット
二人ともSF作家だ。しかも二人ともアメリカ人。この頃の&quot;アメリカSF&quot;を代表する存在としてとりあげてみたぞ。日本じゃ主に80年代に読まれてるな。80年代に演劇に何が起こったかっていうと、商業主義的（←他に適当な言葉が見つからないからこう呼ぶけど、悪口じゃないぜ）な&quot;小演劇ブーム&quot;があった。この頃に上にあげた作家たちを読んで青春時代を送ったような世代が、80年代の小演劇ブームへの一種のアンチテーゼ的気分を抱えて、90年代に活動を開始するわけだ。名前はあえて挙げないけど、90年代に活動を開始し、現在大手小演劇（←変な言葉だけど仕方がない）と呼ばれているような劇団の座付き作家の何人かに、ヴォネガットやディックからの影響が感じられるんだ。で、それ以降の小劇団はかなりの部分で今の大手小演劇からの影響を受けているから、小劇団の作家は殆どが&quot;アメリカSFのひいひいひい孫&quot;かもしれない。&quot;ひい&quot;が何個入るかはわかんないけど、文学的な観点から言えばまあそんな感じだろうな。ただ、アメリカSFから何か方法論を取り入れたわけじゃない。というよりも、SFはミステリーみたいに一定の構造というか書く上での手法があるわけじゃないんだ。むしろ主に設定やディテールで読ませるジャンル、と言ったらいいかな。だから、みんなそれらの作品が持つある種の&quot;気分&quot;とでも言ったものを、自分の戯曲に取り入れたわけだ。小演劇ファン、あるいは演劇をやろうと思っている人たちには、とりあえず上に挙げた作品を読んでみるのをお勧めするぞ。今までブンコキャンプで取り上げてきたブンコに比べりゃ格段に読みやすいしな。読んでみて、「今の小演劇は基本的にはSF」だと頭に入れておくと、観劇の助けになるかも知れないぞ。みんな最後までよく頑張った！１，２，３，ヴィクトリー！

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	&lt;p&gt;どうやって書くのかって、普通にパソコンの前に向かって書くんだろう、って思うかも知れない。&lt;br /&gt;ここで、「戯曲だって文学」だという当然のことをもう一度確認しておこう。&lt;br /&gt;人間何にもないところからいきなり文学作品を作るのは不可能に近いのはわかるよな。&lt;br /&gt;たとえ出来たとしても、それはやっぱり長続きしないだろうな。&lt;br /&gt;良く戯曲家がネタ切れに苦しんだり、台本が極端に遅れたりって事があるけど、それは日常的にブックリードしていないことが主な原因なんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;じゃあ、世の戯曲家ってのはどんな本を読んでるのか＝どんな文学の勉強をしてるのか、ってのを判断するのは、実は難しい。&lt;br /&gt;今やみんなテレビとかゲームとかのサブカルチャーからの影響の方が強いだろうからな。&lt;br /&gt;それでも、いつまで経ってもテレビやゲームが文学の影響から逃れられないのと同じように、演劇（戯曲）だってそうなのが理屈だし、少ないかもしれないけど、ブックリーダーから見ると、文学からの影響関係が感じられる演劇（戯曲）もある。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今回はそんな中から二点、というか二人の小説家を紹介するぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150108072/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;フィリップ・K・ディック&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150108072/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51%2BeZqCBu6L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4150108072&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150103534/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;カート・ヴォネガット&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150103534/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/5103EA20YFL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4150103534&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;二人ともSF作家だ。しかも二人ともアメリカ人。この頃の&quot;アメリカSF&quot;を代表する存在としてとりあげてみたぞ。&lt;br /&gt;日本じゃ主に80年代に読まれてるな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;80年代に演劇に何が起こったかっていうと、商業主義的（←他に適当な言葉が見つからないからこう呼ぶけど、悪口じゃないぜ）な&quot;小演劇ブーム&quot;があった。&lt;br /&gt;この頃に上にあげた作家たちを読んで青春時代を送ったような世代が、80年代の小演劇ブームへの一種のアンチテーゼ的気分を抱えて、90年代に活動を開始するわけだ。&lt;br /&gt;名前はあえて挙げないけど、90年代に活動を開始し、現在大手小演劇（←変な言葉だけど仕方がない）と呼ばれているような劇団の座付き作家の何人かに、ヴォネガットやディックからの影響が感じられるんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;で、それ以降の小劇団はかなりの部分で今の大手小演劇からの影響を受けているから、小劇団の作家は殆どが&quot;アメリカSFのひいひいひい孫&quot;かもしれない。&lt;br /&gt;&amp;#8220;ひい&quot;が何個入るかはわかんないけど、文学的な観点から言えばまあそんな感じだろうな。&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;小演劇ファン、あるいは演劇をやろうと思っている人たちには、とりあえず上に挙げた作品を読んでみるのをお勧めするぞ。今までブンコキャンプで取り上げてきたブンコに比べりゃ格段に読みやすいしな。&lt;br /&gt;読んでみて、「今の小演劇は基本的にはSF」だと頭に入れておくと、観劇の助けになるかも知れないぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;みんな最後までよく頑張った！１，２，３，&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
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		<title>夏休み課題図書（2）</title>
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		<modified>2008-08-27T01:39:58+09:00</modified>
		<issued>2008-08-26T23:14:43+09:00</issued>
		
	<dc:subject>夏休み課題図書</dc:subject>		<summary type="text/html">	お盆を挟んでまた2週空いちまったし、夏休みもあとわずか、ってところで薦める本じゃないかもしんないけど、終戦記念日なんかで戦争の話題が多くなるこの時期だからこそ読んで欲しいブンコがあるんだ。新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)J.R.R. Tolkien 瀬田 貞二 田中 明子
世間じゃ良く世界三大ファンタジーなんて言い方をする。この「指輪物語」と「ナルニア国ものがたり」に、あと「ゲド戦記」を入れるか「ハリーポッター」を入れるか、ってところなんだけど、オレは「指輪物語」だけは別格にすべきだと思う。理由は、「指輪物語」が無かったら「ナルニア」も「ゲド」も「ハリポタ」も無かったからだよ。指輪物語は、ファンタジー云々ってよりは、20世紀を代表する文学作品だと認識しておきたいよな。勧めといてなんだが、指輪物語は、「カラマーゾフの兄弟」を初めとする一生に一回は読むべき長編小説が読めるようにするための訓練としては適当じゃない。何故って、この本自体がその一生に一回は読むべき長編小説そのものだし、読むのはある意味一番難しいんだ。だって、現実の世界だったらまだしも、指輪物語は空想上の世界が舞台だ。ましてやオレたち日本人が情景を思い浮かべるのは至難の業だ。それでもオレたちはまだ運がいい。この映画の存在があるからな。ロード・オブ・ザ・リング ― スペシャル・エクステンデッド・エディションJ.R.Rトールキン
前に言ったよな？映画も読書のトレーニングマシーンだって。この映画は本当に良くできている。ただでさえ長編小説の映画化は難しいのに、どうやって全部で6巻もある、しかもあんな壮大なファンタジーを映像化するのか、もし自分が監督だったら途方に暮れちまうかもしれないけど、この三部作は最良の答えを出してるだろうな。時間に追われる現代人には、とりあえずこの映画見ちまってから読むことを強くお勧めするぞ。あと、オレたち日本人は、指輪物語に関して他の国（もちろん英語圏以外）の人々より幸運を得ている。何故なら、瀬田貞二氏の訳で読めるからだよ。作者トールキンの意向に従って、訳者である瀬田氏は、固有名詞についてはある程度日本語に直した。剣の名前である&quot;Sting&quot;を&quot;つらぬき丸&quot;にしたり、登場人物の名前（渾名）&quot;Strider&quot;を&quot;馳夫&quot;にしたりだな。これは好みもあるし、人によっちゃ「原作のイメージに合わない！」なんて怒る人もいるかもしれないけど、その他じゃ得難い独特の言語感覚にも注目してみてくれ。冒頭で「終戦記念日なんかで戦争の話題が多くなるこの時期だからこそ読んで欲しい」って言ったよな。何でかって言うと、指輪物語は、ファンタジーでありながら戦争小説でもあるからなんだ。そのことを頭に入れながら読むと、現実の戦争を扱ったどんな小説よりもリアルに「戦争とは何か」が肌で感じられるかもしれないぞ。みんな！最後までよく頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

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	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4566023621/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;新版 指輪物語〈1〉旅の仲間 上1 (評論社文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;J.R.R. Tolkien 瀬田 貞二 田中 明子 &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4566023621/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51NND4S5EGL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4566023621&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;世間じゃ良く世界三大ファンタジーなんて言い方をする。&lt;br /&gt;この「指輪物語」と「ナルニア国ものがたり」に、あと「ゲド戦記」を入れるか「ハリーポッター」を入れるか、ってところなんだけど、オレは「指輪物語」だけは別格にすべきだと思う。&lt;br /&gt;理由は、「指輪物語」が無かったら「ナルニア」も「ゲド」も「ハリポタ」も無かったからだよ。&lt;br /&gt;指輪物語は、ファンタジー云々ってよりは、20世紀を代表する文学作品だと認識しておきたいよな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;勧めといてなんだが、指輪物語は、「カラマーゾフの兄弟」を初めとする一生に一回は読むべき長編小説が読めるようにするための訓練としては適当じゃない。&lt;br /&gt;何故って、この本自体がその一生に一回は読むべき長編小説そのものだし、読むのはある意味一番難しいんだ。&lt;br /&gt;だって、現実の世界だったらまだしも、指輪物語は空想上の世界が舞台だ。&lt;br /&gt;ましてやオレたち日本人が情景を思い浮かべるのは至難の業だ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;それでもオレたちはまだ運がいい。この映画の存在があるからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000069L4K/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;ロード・オブ・ザ・リング ― スペシャル・エクステンデッド・エディション&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;J.R.Rトールキン &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000069L4K/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/418JBMFYFML._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;B000069L4K&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;前に言ったよな？映画も読書のトレーニングマシーンだって。&lt;br /&gt;この映画は本当に良くできている。ただでさえ長編小説の映画化は難しいのに、どうやって全部で6巻もある、しかもあんな壮大なファンタジーを映像化するのか、もし自分が監督だったら途方に暮れちまうかもしれないけど、この三部作は最良の答えを出してるだろうな。&lt;br /&gt;時間に追われる現代人には、とりあえずこの映画見ちまってから読むことを強くお勧めするぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;あと、オレたち日本人は、指輪物語に関して他の国（もちろん英語圏以外）の人々より幸運を得ている。&lt;br /&gt;何故なら、瀬田貞二氏の訳で読めるからだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;作者トールキンの意向に従って、訳者である瀬田氏は、固有名詞についてはある程度日本語に直した。&lt;br /&gt;剣の名前である&quot;Sting&quot;を&quot;つらぬき丸&quot;にしたり、登場人物の名前（渾名）&quot;Strider&quot;を&quot;馳夫&quot;にしたりだな。&lt;br /&gt;これは好みもあるし、人によっちゃ「原作のイメージに合わない！」なんて怒る人もいるかもしれないけど、その他じゃ得難い独特の言語感覚にも注目してみてくれ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;冒頭で「終戦記念日なんかで戦争の話題が多くなるこの時期だからこそ読んで欲しい」って言ったよな。&lt;br /&gt;何でかって言うと、指輪物語は、ファンタジーでありながら戦争小説でもあるからなんだ。&lt;br /&gt;そのことを頭に入れながら読むと、現実の戦争を扱ったどんな小説よりもリアルに「戦争とは何か」が肌で感じられるかもしれないぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;みんな！最後までよく頑張った！1,2,3,&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
&lt;/p&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
		</author>
		<title>夏休み課題図書(1)</title>
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		<modified>2008-08-05T23:41:13+09:00</modified>
		<issued>2008-08-05T23:14:40+09:00</issued>
		
	<dc:subject>夏休み課題図書</dc:subject>		<summary type="text/html">	2週間ぶりになっちまって悪かったな。みんな、相変わらず読書力鍛えてるか？まあこんな時期は暑くて本どころじゃないかもしれないけど、長い休みが取れる夏だからこそ、読書には最適じゃないか？子供の頃は宿題で感想文書かなきゃいけないってんで”課題図書”なんてのをイヤイヤ読んだりしただろ？まあ課題図書って、意外と読書経験のきっかけにはならない気がするんだけど、夏休みが読書の良い機会になるのは確かだよな。そこで、今月はブンコキャンプ独自の夏休み課題図書を選んでみるぞ。基準は、1，学校生活など、子供や若者をとりあげていること。2，手に入りやすくて読みやすいこと3，最長でもお盆3日間くらいで読み終わるもの4，オレの好みは抜きにして、誰でも面白く読めそうなものまあ4はここじゃいつもそうだけど、何で改めて条件に挙げるかっていうと、小学生なんかの課題図書って、意外と選択者の好み（悪くすると選択者の思想）が反映されていることがあるんだ。ここじゃそういうのは避けて、誰もが認める名作で、しかも今大人の人も何となく将来の希望が湧くような、そんな作品を選んでみるつもりだ。まず最初はこれだ。飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)丘沢 静也
日本じゃあんまり知られてないけど、世界に名だたる名作だし読みやすいから、これに関しては無理しても読むことを勧めるな。きっと登場人物たちを一生忘れられなくなるはずだ。今回は課題図書だから、実際に読むことを優先してもらうぞ。この作品は、まあ読みゃわかるよ。どんな作品なのかはな。そしてブンコキャンプの課題図書に選んだ理由もわかってもらえるはずだ。だからこっちからあんまりクドクド解説するのはやめておくけど、作者に関する基本的なデータだけは押さえておこう。作者であるエーリッヒ・ケストナーは、ドイツの国民的作家だ。ちょうどナチスドイツ全盛の頃に活躍していて、ユダヤ人の血を引いている上に、ファシズムを批判したりしたもんだから、著書が焚書になっちまうんだ。焚書ってのは、特定の権力者や団体によって本が焼かれちまうことだよ。言論封殺の一つの手段だな。日本人であるオレたちには信じられないけど、昔のヨーロッパなんかじゃそんなことがあったんだ。今でも世界のどっかであるかもな。その頃のドイツじゃ、ユダヤ系芸術家の多くは亡命したんだ。当然だよな。弾圧された挙げ句、下手すりゃ殺されちまうんだから。だけど、ケストナーは違った。「オレはドイツ国民だから」って言って、あくまでドイツに留まったんだ。それで、自分の本が焚書になって彼がどうしたかっていうと、何とその焼かれてる現場を見物しに行ったんだな。呑気というか大胆というか、何か笑っちまうけど、その当時はある程度命がけの行動だったはずだ。これは決して他人事じゃなくて、焚書みたいな事は未来に起こる問題かも知れないし、今だって公権力じゃないから気づきにくいだけで、昔よりもっと巧妙に、もっと陰湿な形で何らかの権力に自由な発言を制限されて生きているのかも知れないよ。一つの権力が暴発しちまったときに良心的な作家あるいは人間はどうしたらいいか、ケストナーという作家の人生にはそのヒントが隠されているかも知れないな。まあそういった作家についての情報はインターネットでも得られるけど、そういう人が書いた本からどういう感動が得られるか、ってことは本を読まなきゃわからない。そうやって人生についての何かを蓄えていければ、課題図書としての役割も果たせるってもんだよな。みんな！最後までよく頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/08/05/1/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(172, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;2&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;週間ぶりになっちまって悪かったな。みんな、相変わらず読書力鍛えてるか？&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まあこんな時期は暑くて本どころじゃないかもしれないけど、長い休みが取れる夏だからこそ、読書には最適じゃないか？&lt;br /&gt;子供の頃は宿題で感想文書かなきゃいけないってんで”課題図書”なんてのをイヤイヤ読んだりしただろ？&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まあ課題図書って、意外と読書経験のきっかけにはならない気がするんだけど、夏休みが読書の良い機会になるのは確かだよな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そこで、今月はブンコキャンプ独自の夏休み課題図書を選んでみるぞ。基準は、&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;1，学校生活など、子供や若者をとりあげていること。&lt;/span&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;2，手に入りやすくて読みやすいこと&lt;/span&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;3，最長でもお盆3日間くらいで読み終わるもの&lt;/span&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;br style=&quot;font-weight: bold;&quot;/&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;4，オレの好みは抜きにして、誰でも面白く読めそうなもの&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まあ4はここじゃいつもそうだけど、何で改めて条件に挙げるかっていうと、小学生なんかの課題図書って、意外と選択者の好み（悪くすると選択者の思想）が反映されていることがあるんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ここじゃそういうのは避けて、誰もが認める名作で、しかも今大人の人も何となく将来の希望が湧くような、そんな作品を選んでみるつもりだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まず最初はこれだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334751059/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;丘沢 静也 &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334751059/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41NA5KPWBFL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4334751059&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;日本じゃあんまり知られてないけど、世界に名だたる名作だし読みやすいから、これに関しては無理しても読むことを勧めるな。&lt;br /&gt;きっと登場人物たちを一生忘れられなくなるはずだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今回は課題図書だから、実際に読むことを優先してもらうぞ。&lt;br /&gt;この作品は、まあ読みゃわかるよ。どんな作品なのかはな。&lt;br /&gt;そしてブンコキャンプの課題図書に選んだ理由もわかってもらえるはずだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だからこっちからあんまりクドクド解説するのはやめておくけど、作者に関する基本的なデータだけは押さえておこう。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;作者であるエーリッヒ・ケストナーは、ドイツの国民的作家だ。&lt;br /&gt;ちょうどナチスドイツ全盛の頃に活躍していて、ユダヤ人の血を引いている上に、ファシズムを批判したりしたもんだから、著書が焚書になっちまうんだ。&lt;br /&gt;焚書ってのは、特定の権力者や団体によって本が焼かれちまうことだよ。言論封殺の一つの手段だな。日本人であるオレたちには信じられないけど、昔のヨーロッパなんかじゃそんなことがあったんだ。今でも世界のどっかであるかもな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;その頃のドイツじゃ、ユダヤ系芸術家の多くは亡命したんだ。&lt;br /&gt;当然だよな。弾圧された挙げ句、下手すりゃ殺されちまうんだから。&lt;br /&gt;だけど、ケストナーは違った。「オレはドイツ国民だから」って言って、あくまでドイツに留まったんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;それで、自分の本が焚書になって彼がどうしたかっていうと、何とその焼かれてる現場を見物しに行ったんだな。&lt;br /&gt;呑気というか大胆というか、何か笑っちまうけど、その当時はある程度命がけの行動だったはずだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;これは決して他人事じゃなくて、焚書みたいな事は未来に起こる問題かも知れないし、今だって公権力じゃないから気づきにくいだけで、昔よりもっと巧妙に、もっと陰湿な形で何らかの権力に自由な発言を制限されて生きているのかも知れないよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;一つの権力が暴発しちまったときに良心的な作家あるいは人間はどうしたらいいか、ケストナーという作家の人生にはそのヒントが隠されているかも知れないな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まあそういった作家についての情報はインターネットでも得られるけど、そういう人が書いた本からどういう感動が得られるか、ってことは本を読まなきゃわからない。&lt;/p&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
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		<title>どうせなら一石投じてから死ね</title>
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		<modified>2008-07-17T12:00:04+09:00</modified>
		<issued>2008-07-16T23:44:55+09:00</issued>
		
	<dc:subject>番外編</dc:subject>		<summary type="text/html">	世間じゃ最近、連日続く暑さやiphone発売なんかのニュースに沸いてたよな。そんな中、ブックリーダーにとっちゃそれら全てが吹っ飛ぶような大事件が起こったんだ。7月14日に、国語学者の大野晋氏が亡くなった。大野氏は日本語研究に大きく幅広い功績を残した一流の学者だった。その業績に対して、死に際したマスコミの小さい扱いはいかにも残念だったよ。今回はその仕事を少しでも知ってもらうため、ってこともあるんだけど、ブンコとしても面白いものだから、今日はこの機会に番外編として取り上げてみたいと思うぞ。日本語はどこからきたのか―ことばと文明のつながりを考える (中公文庫)大野 晋
「日本語練習帳」っていうのがベストセラーになったから、一般にはそっちの方が良く知られてるんだけど、それは新書だから、ブンコであるこちらを取り上げるぞ。まあ、読んでどっちが驚くかっていったらこっちの方だ。何ていったってこの本には「日本語は日本が起源じゃない」って書かれてるんだからな。もっと詳しく言うと、この本には「日本語の元は、インド南部で話されていた（いる）タミル語」っていうことが書かれているんだ。俗に言う&quot;日本語タミル語起源説&quot;だな。タミルっていうのを親しみやすい例で説明すると、インド映画で「ムトゥ　踊るマハラジャ」ってあるだろ？ムトゥ 踊るマハラジャK・S・ラビクマール 物凄く面白い映画で俺も大好きなんだけど、この映画で使われている言葉がタミル語だ。だからこれら一連のシリーズは「タミル映画」って呼ばれてる。そんな風に分けるだけあって、タミルは同じインドでも、北のほうのインドとは文化がかなり違うんだよ。そんなタミルのタミル語が、どうして日本語の元だと大野氏が考えたかっていうと、これが日本語と驚くほど似てるんだよ。文法とかそんなレベルじゃない。まあ文法も似てるんだけど、それだけじゃなくて、物の名前なんかもソックリなんだ。どれくらい似てるかはブンコに当たってほしいけど、言葉だけじゃなくて例えば祭りなんかも、思わずこれ日本の祭りなんじゃないか、って思っちまうくらい共通点がある。だがな、当然のことだけど、この説は他の国語学者から集中非難を浴びた。大変な論争になったんだよ。かなり画期的な説だったからな。事の真偽はオレなんかにはわからない。ただオレが思うのは、世の中ってのは学問の世界に限らず、保守的なもんだ。生きてるとみんな自分の立場ってもんが自然と出来てきて、いつのまにかそれを守るのに精一杯になっちまう。学問なんて特にそうで、本当は真理を得るための手段とか方法論に過ぎなかったものが、アイデンティティーにまでなっちまうんだな。人は自我と化したものを脅かされるのを異常に嫌うもんだ。それが何であれ、現状を維持しようとするんだよ。だからただの反対意見じゃなくて反発になったり、悪くすると攻撃にまでエスカレートしちまう。人間って弱いもんで、その弱い人間が集まってんのが人間社会なんだよな。そんな中にあって、何かに一石を投じるっていうのは、相当な勇気を伴うもんなんだよ。そう、今&quot;一石を投じる&quot;って言ったけど、優れた書物ってのは、優れた人が一石を投じた軌跡でもあるんだ。それを読むこともまた、自分に一石を投じることになるんだよ。だからみんなも、ブックリードを通じて、己に一石を投じ続けて欲しい。ブンコキャンプがその手助けになれば言うことはないな。みんな！最後まで良く頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/07/16/post-18/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(215, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;世&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;間じゃ最近、連日続く暑さやiphone発売なんかのニュースに沸いてたよな。&lt;br /&gt;そんな中、ブックリーダーにとっちゃそれら全てが吹っ飛ぶような大事件が起こったんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;7月14日に、国語学者の大野晋氏が亡くなった。&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122035376/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;日本語はどこからきたのか―ことばと文明のつながりを考える (中公文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;大野 晋&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122035376/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PY8M9A67L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4122035376&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;「日本語練習帳」っていうのがベストセラーになったから、一般にはそっちの方が良く知られてるんだけど、それは新書だから、ブンコであるこちらを取り上げるぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まあ、読んでどっちが驚くかっていったらこっちの方だ。&lt;br /&gt;何ていったってこの本には「日本語は日本が起源じゃない」って書かれてるんだからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;もっと詳しく言うと、この本には「日本語の元は、インド南部で話されていた（いる）タミル語」っていうことが書かれているんだ。&lt;br /&gt;俗に言う&quot;日本語タミル語起源説&quot;だな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;タミルっていうのを親しみやすい例で説明すると、インド映画で「ムトゥ　踊るマハラジャ」ってあるだろ？&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FPOM/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;ムトゥ 踊るマハラジャ&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;K・S・ラビクマール &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FPOM/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51N12WJR66L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;B00005FPOM&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;物凄く面白い映画で俺も大好きなんだけど、この映画で使われている言葉がタミル語だ。&lt;br /&gt;だからこれら一連のシリーズは「タミル映画」って呼ばれてる。&lt;br /&gt;そんな風に分けるだけあって、タミルは同じインドでも、北のほうのインドとは文化がかなり違うんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そんなタミルのタミル語が、どうして日本語の元だと大野氏が考えたかっていうと、これが日本語と驚くほど似てるんだよ。&lt;br /&gt;文法とかそんなレベルじゃない。まあ文法も似てるんだけど、それだけじゃなくて、物の名前なんかもソックリなんだ。&lt;br /&gt;どれくらい似てるかはブンコに当たってほしいけど、言葉だけじゃなくて例えば祭りなんかも、思わずこれ日本の祭りなんじゃないか、って思っちまうくらい共通点がある。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だがな、当然のことだけど、この説は他の国語学者から集中非難を浴びた。&lt;br /&gt;大変な論争になったんだよ。かなり画期的な説だったからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;事の真偽はオレなんかにはわからない。ただオレが思うのは、世の中ってのは学問の世界に限らず、保守的なもんだ。&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;そんな中にあって、何かに一石を投じるっていうのは、相当な勇気を伴うもんなんだよ。&lt;br /&gt;そう、今&quot;一石を投じる&quot;って言ったけど、優れた書物ってのは、優れた人が一石を投じた軌跡でもあるんだ。&lt;br /&gt;それを読むこともまた、自分に一石を投じることになるんだよ。&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;みんな！最後まで良く頑張った！1,2,3,&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
		</author>
		<title>あ！</title>
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		<modified>2008-07-03T00:48:43+09:00</modified>
		<issued>2008-07-02T23:47:19+09:00</issued>
		
	<dc:subject>基礎プログラム</dc:subject>
	<dc:subject>ミステリー！</dc:subject>		<summary type="text/html">	前回罪と罰（罪＆罰）をとりあげたとき、「文学史上の名作とか深く考えずに、ミステリーとして読むこと」って言ったけど、そのわりにはミステリーをあまり鍛えてないことに気づいたんだ。体鍛えるときも、フォームを整えるために基礎的で単純なトレーニングに立ち返ったりするだろ？それと同じで、たまに必要に応じて今回みたいにミステリーも取り上げていくからな。ついてこい！亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)泡坂 妻夫自己批判ドットコムの読者で、というか普段小演劇を観ているような層（普通の若者～40代くらいの層ってことだな）で、このブンコを知っているやつはそう多くないだろうな。そんな、日本ミステリーの知られざる名作がこの「亜愛一郎」シリーズだ！シリーズって言ったけど、これは短編集で、この「狼狽」を含めて3冊出てる。面白さの質は変わらないからどれからでもいいけど、まあ普通名探偵「亜愛一郎」が初登場するこの「狼狽」から読むだろうな。この文庫の読みどころは、ズバリ「すごくミステリーらしい」ってところだ。言い換えると「ミステリーの面白さがすべて詰まってる」。書いてある文章全部が伏線なんじゃないか、ってくらい巧妙に伏線が張り巡らせてあって、しかもそれが予想もしないところに収束されていく。その上その手際が何ともさりげないんだ。どうだ？これこそ&quot;ミステリー&quot;だろ？これこそミステリーではあるんだけど、これらは、&quot;優れた文学&quot;の要素でもあるんだよ。でも、読んでみるとそんなオーソドックスなミステリーって感じはしないんだ。むしろミステリーとしては変わった読後感がある。それは、例えば名探偵の名前&quot;亜愛一郎（あ・あいいちろう）&quot;って名前は、「もし名探偵名鑑に載ったときに絶対一番最初にくるように」って考えられた名前だ、っていうような、何ともいえないユーモア感覚にある。そう、この亜愛一郎シリーズは、ユーモアと謎解きが融合された最良の例と言えるだろうな。そういうことを踏まえて読むと、この作品がいかによくできたミステリーか良くわかる。オレは今まで、ミステリーとか読書好きの人で、この亜愛一郎シリーズをつまらない、と言った人にお目にかかったことがない。問題は、読んだ、って人にお目にかかった絶対数そのものが少ないことだな。その辺の町の本屋に売ってるようなブンコじゃないけど、見かけたらまあ読んでみてくれ。面白いミステリーを読む、ってことほど読書力を鍛える近道はないんだからな！みんな！最後まで良くがんばった！1,2,3,ヴィクトリー!

 </summary>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/07/02/post-17/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(215, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;前&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;回罪と罰（罪＆罰）をとりあげたとき、「文学史上の名作とか深く考えずに、ミステリーとして読むこと」って言ったけど、そのわりにはミステリーをあまり鍛えてないことに気づいたんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;体鍛えるときも、フォームを整えるために基礎的で単純なトレーニングに立ち返ったりするだろ？それと同じで、たまに必要に応じて今回みたいにミステリーも取り上げていくからな。ついてこい！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4488402143/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;泡坂 妻夫&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4488402143/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_top&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/21ZFE86A9CL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4488402143&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;自己批判ドットコムの読者で、というか普段小演劇を観ているような層（普通の若者～40代くらいの層ってことだな）で、このブンコを知っているやつはそう多くないだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そんな、日本ミステリーの知られざる名作がこの「亜愛一郎」シリーズだ！&lt;br /&gt;シリーズって言ったけど、これは短編集で、この「狼狽」を含めて3冊出てる。&lt;br /&gt;面白さの質は変わらないからどれからでもいいけど、まあ普通名探偵「亜愛一郎」が初登場するこの「狼狽」から読むだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;この文庫の読みどころは、ズバリ「すごくミステリーらしい」ってところだ。&lt;br /&gt;言い換えると「ミステリーの面白さがすべて詰まってる」。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;書いてある文章全部が伏線なんじゃないか、ってくらい巧妙に伏線が張り巡らせてあって、しかもそれが予想もしないところに収束されていく。&lt;br /&gt;その上その手際が何ともさりげないんだ。&lt;br /&gt;どうだ？これこそ&quot;ミステリー&quot;だろ？&lt;br /&gt;これこそミステリーではあるんだけど、これらは、&quot;優れた文学&quot;の要素でもあるんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;でも、読んでみるとそんなオーソドックスなミステリーって感じはしないんだ。&lt;br /&gt;むしろミステリーとしては変わった読後感がある。&lt;br /&gt;それは、例えば名探偵の名前&quot;亜愛一郎（あ・あいいちろう）&quot;って名前は、「もし名探偵名鑑に載ったときに絶対一番最初にくるように」って考えられた名前だ、っていうような、何ともいえないユーモア感覚にある。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そう、この亜愛一郎シリーズは、ユーモアと謎解きが融合された最良の例と言えるだろうな。&lt;br /&gt;そういうことを踏まえて読むと、この作品がいかによくできたミステリーか良くわかる。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;オレは今まで、ミステリーとか読書好きの人で、この亜愛一郎シリーズをつまらない、と言った人にお目にかかったことがない。&lt;br /&gt;問題は、読んだ、って人にお目にかかった絶対数そのものが少ないことだな。&lt;br /&gt;その辺の町の本屋に売ってるようなブンコじゃないけど、見かけたらまあ読んでみてくれ。&lt;br /&gt;面白いミステリーを読む、ってことほど読書力を鍛える近道はないんだからな！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;みんな！最後まで良くがんばった！1,2,3,&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー!&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
&lt;/p&gt;
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	</entry>
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
		</author>
		<title>罪＆罰</title>
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		<modified>2008-06-27T02:04:27+09:00</modified>
		<issued>2008-06-26T23:50:48+09:00</issued>
		
	<dc:subject>ドスト</dc:subject>		<summary type="text/html">	これまで3ヶ月くらい読書の基礎体力をつけることに費やしてきたけど、そろそろ読書力鍛錬の頂点とも言えるドストエフスキーの四大長編に手をつけていきたいと思うぞ。まず取り上げるのは、やっぱり最初に読むべきドストエフスキーである「罪と罰（罪＆罰）」だ！罪と罰 (上巻) (新潮文庫)ドストエフスキー
ドストエフスキーについては、ブックリーダーが一生かけて取り組んでも良いくらいの題材だから、鍛える必然性を感じたときに必要に応じて何回でも取り上げていくからついて来い！今、いちいちドストエフスキーって書くのがまどろっこしくなったんで、これからは&quot;ドスト&quot;って略させてもらうぞ。まあ、ミスドみたいなもんだな。今回何で数あるドストの中から特に罪と罰を取り上げるかって言うと、最近ちょうど秋葉原の殺人と、朝日新聞の&quot;死に神&quot;発言、あとグリーンピースの鯨肉泥棒っていう、3つの凶悪事件が立て続けに起こったよな。これらは3つとも、人間社会における&quot;罪と罰&quot;を考えさせられる事件だと思わないか？このように、オレたちは罪の大きさと刑罰の重さとの関係性を改めて感じさせられる事件に直面すると「何かいかにもイマっぽい事件だな」と感じる。そういった&quot;現代を象徴する事件&quot;のありようを最初に綿密に描いた文学が「罪と罰」なんだよ。例えば上に挙げた3つの事件を小説にしてみたらどうか想像してみて欲しいんだ。どうも面白くなりそうはないよな？結果のひどさに対して、動機とか犯人の思想そのものはどれもマヌケだからな。でも、罪と罰の主人公ラスコーリニコフだって、そりゃ秋葉原の犯人や朝日新聞の論説委員なんかに比べりゃ頭はいいけど、その思想は常識的に考えたらどこか間が抜けている。ドストのすごいところは、そういうあんまり褒められた人物ではない人々、取るに足らない人々を執拗に綿密に描くことで面白く読ませてしまうところなんだよ。その結果、作品のテーマを－罪と罰だったらそのものズバリ罪と罰がテーマだけど－くっきりと浮かび上がらせる。これは、表現できる時間に制限の無い小説にしか出来ないことだ。これまで日本でも、ちょうど最近死刑になったけど宮崎勤の事件とか、オウム真理教の事件なんかのいかにも&quot;現代を象徴する事件&quot;が起こる度に「罪と罰」が見直され、事件を考えるヒントにされてきた。それは、現代社会における&quot;罪と罰&quot;の関係について解明するきっかけにできる情報がこの世にはほとんど無いからなんだよ。それがどうして罪と罰にはできるかっていったら、上で言ったような文学の可能性が最大限に利用されているからだろうな。だから社会に生きる動物である人間は本を読む必要があるし、その中でもドストは必読、ってことなんだよ。でも、だからこそ読むのは難しいぞ。サブカルチャーとは対極にあるものだから、それなりの忍耐は覚悟してくれ。ただ、もともとこれ以上面白いもんはないんだから、コツさえ掴めば面白く読めるんだ。それは、文学史上の名作とか深く考えずに、ミステリーとして読むことだ。だからこのブンコキャンプでは最初、ミステリーから取り上げたんだ。まずはミステリーの読み方に慣れちまうことが、ドストに入りやすくする最大のコツだと思うぜ！最後まで良く頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

 </summary>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/06/26/post-16/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(215, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;こ&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;れまで3ヶ月くらい読書の基礎体力をつけることに費やしてきたけど、そろそろ読書力鍛錬の頂点とも言えるドストエフスキーの四大長編に手をつけていきたいと思うぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;まず取り上げるのは、やっぱり最初に読むべきドストエフスキーである「罪と罰（罪＆罰）」だ！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102010211/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;罪と罰 (上巻) (新潮文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;ドストエフスキー&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102010211/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/513WNG1R9HL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4102010211&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ドストエフスキーについては、ブックリーダーが一生かけて取り組んでも良いくらいの題材だから、鍛える必然性を感じたときに必要に応じて何回でも取り上げていくからついて来い！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今、いちいちドストエフスキーって書くのがまどろっこしくなったんで、これからは&quot;ドスト&quot;って略させてもらうぞ。まあ、&lt;font style=&quot;font-weight: bold;&quot; size=&quot;3&quot;&gt;ミスドみたいなもん&lt;/font&gt;だな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今回何で数あるドストの中から特に罪と罰を取り上げるかって言うと、最近ちょうど秋葉原の殺人と、朝日新聞の&quot;死に神&quot;発言、あとグリーンピースの鯨肉泥棒っていう、&lt;font style=&quot;font-weight: bold;&quot; size=&quot;3&quot;&gt;3つの凶悪事件&lt;/font&gt;が立て続けに起こったよな。&lt;br /&gt;これらは3つとも、人間社会における&quot;罪と罰&quot;を考えさせられる事件だと思わないか？&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;このように、オレたちは罪の大きさと刑罰の重さとの関係性を改めて感じさせられる事件に直面すると「何かいかにもイマっぽい事件だな」と感じる。&lt;br /&gt;そういった&quot;現代を象徴する事件&quot;のありようを最初に綿密に描いた文学が「罪と罰」なんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;例えば上に挙げた3つの事件を小説にしてみたらどうか想像してみて欲しいんだ。&lt;br /&gt;どうも面白くなりそうはないよな？結果のひどさに対して、動機とか犯人の思想そのものは&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;どれもマヌケ&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;だからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;でも、罪と罰の主人公ラスコーリニコフだって、そりゃ秋葉原の犯人や朝日新聞の論説委員なんかに比べりゃ頭はいいけど、その思想は常識的に考えたらどこか間が抜けている。&lt;br /&gt;ドストのすごいところは、そういうあんまり褒められた人物ではない人々、取るに足らない人々を執拗に綿密に描くことで面白く読ませてしまうところなんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;その結果、作品のテーマを－罪と罰だったらそのものズバリ罪と罰がテーマだけど－くっきりと浮かび上がらせる。&lt;br /&gt;これは、表現できる時間に制限の無い小説にしか出来ないことだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;これまで日本でも、ちょうど最近死刑になったけど宮崎勤の事件とか、オウム真理教の事件なんかのいかにも&quot;現代を象徴する事件&quot;が起こる度に「罪と罰」が見直され、事件を考えるヒントにされてきた。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;それは、現代社会における&quot;罪と罰&quot;の関係について解明するきっかけにできる情報がこの世にはほとんど無いからなんだよ。&lt;br /&gt;それがどうして罪と罰にはできるかっていったら、上で言ったような文学の可能性が最大限に利用されているからだろうな。&lt;br /&gt;だから社会に生きる動物である人間は本を読む必要があるし、その中でもドストは必読、ってことなんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;でも、だからこそ読むのは難しいぞ。サブカルチャーとは対極にあるものだから、それなりの忍耐は覚悟してくれ。&lt;br /&gt;ただ、もともとこれ以上面白いもんはないんだから、コツさえ掴めば面白く読めるんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;それは、&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;文学史上の名作とか深く考えずに、ミステリーとして読むこと&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;だ。&lt;br /&gt;だからこのブンコキャンプでは最初、ミステリーから取り上げたんだ。&lt;br /&gt;まずはミステリーの読み方に慣れちまうことが、ドストに入りやすくする最大のコツだと思うぜ！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;最後まで良く頑張った！1,2,3,&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
&lt;/p&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
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		<title>人は何故本を読むのか</title>
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		<modified>2008-06-18T14:08:03+09:00</modified>
		<issued>2008-06-18T14:04:13+09:00</issued>
		
	<dc:subject>番外編</dc:subject>		<summary type="text/html">	みんな、ここはどこだ？そう、ブンコキャンプだ！だからこれまでは、四の五の言わずにとにかく読書自体に慣れるよう、実践的なカリキュラムを組んできたつもりだ。だがな、みんな心の中じゃ何となく感じてるんじゃないのか？「本って、何で読まなきゃいけないの？」ってな。ただでさえこのインターネット全盛の世の中だ。パソコンを開きゃ情報はたくさん入ってくるわけだし、わざわざ本なんか買って読まなくったって知識は得られるんじゃないか、そう思っても無理は無いだろうな。だがな、そもそも情報と知識は、全然違うものだ。そうだな、例えるなら、ビタミンとかアミノ酸とかの栄養が情報で、健康な身体が知識、って感じかな。それだけだとただの羅列である情報を、いかに血肉である知識にするか、これは今も昔もほとんど書物でしか出来ないんだよ。たまには文学に慣れるのを離れて、何で知識は本じゃなきゃ得られないか、そもそも人はどうして本を読むのか、そういうことを鍛えるカリキュラムも必要だろうな。今回は番外編として、こういう本を取り上げるぞ。本を読む本 (講談社学術文庫)Mortimer J. Adler Charles Van Doren 外山 滋比古
そのものズバリだよな。タイトルがわかりやすくていいじゃないか。本来はデキるビジネスマンなんかが、効率の良い本の読み方を求めて買う本に思われてるんだけど、これほど「人はどうして読書をするのか」に真正面から取り組んだ本は無いといえるだろうな。この本を読んでオレが得た結論だけ大まかに言うぞ。人が何で本を読むか、本を読むのが何で大事かって言うと、「本が、誰かによって構成された手に持てる物体」だからなんだよ。そういうものからじゃないと人は&quot;知識&quot;を得られないんだ。何でそうなのかは、まあ、読んでみてくれ。こういう本を読んでみないと、「人は何で本を読むのか」って知識は得られないんだからな！ただひとつ、問題があるとすれば、黙っててもこの本を選んで読むような人は、そもそもかなりの読書家に違いない、ってことだな。そうじゃなくったって頑張って読めば、人は何で読書をしなきゃいけないのか、その真実の一端が明らかになると思うぞ。最後まで良く頑張った！1,2,3,ヴィクトリー！

 </summary>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/06/18/post-15/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold; color: rgb(215, 0, 0);&quot;&gt;み&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;んな、ここはどこだ？そう、&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ブンコキャンプ&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;だ！&lt;br /&gt;だからこれまでは、四の五の言わずにとにかく読書自体に慣れるよう、実践的なカリキュラムを組んできたつもりだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だがな、みんな心の中じゃ何となく感じてるんじゃないのか？&lt;br /&gt;「本って、何で読まなきゃいけないの？」ってな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ただでさえこのインターネット全盛の世の中だ。パソコンを開きゃ情報はたくさん入ってくるわけだし、わざわざ本なんか買って読まなくったって知識は得られるんじゃないか、そう思っても無理は無いだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だがな、そもそも&lt;font style=&quot;font-weight: bold;&quot; size=&quot;3&quot;&gt;情報と知識は、全然違うもの&lt;/font&gt;だ。&lt;br /&gt;そうだな、例えるなら、ビタミンとかアミノ酸とかの栄養が情報で、健康な身体が知識、って感じかな。&lt;br /&gt;それだけだとただの羅列である情報を、いかに血肉である知識にするか、これは今も昔もほとんど書物でしか出来ないんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;たまには文学に慣れるのを離れて、何で知識は本じゃなきゃ得られないか、そもそも人はどうして本を読むのか、そういうことを鍛えるカリキュラムも必要だろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今回は番外編として、こういう本を取り上げるぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061592998/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;本を読む本 (講談社学術文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;Mortimer J. Adler Charles Van Doren 外山 滋比古 &lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061592998/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Z7F36DYDL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4061592998&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そのものズバリだよな。タイトルがわかりやすくていいじゃないか。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;本来はデキるビジネスマンなんかが、効率の良い本の読み方を求めて買う本に思われてるんだけど、これほど「人はどうして読書をするのか」に真正面から取り組んだ本は無いといえるだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;この本を読んでオレが得た結論だけ大まかに言うぞ。&lt;br /&gt;人が何で本を読むか、本を読むのが何で大事かって言うと、&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;「本が、誰かによって構成された手に持てる物体」&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だからなんだよ。そういうものからじゃないと人は&quot;知識&quot;を得られないんだ。&lt;br /&gt;何でそうなのかは、まあ、読んでみてくれ。&lt;br /&gt;こういう本を読んでみないと、「人は何で本を読むのか」って知識は得られないんだからな！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ただひとつ、問題があるとすれば、黙っててもこの本を選んで読むような人は、そもそもかなりの読書家に違いない、ってことだな。&lt;br /&gt;そうじゃなくったって頑張って読めば、人は何で読書をしなきゃいけないのか、その真実の一端が明らかになると思うぞ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;最後まで良く頑張った！1,2,3,&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
&lt;/p&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
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		<title>あの虫になっちゃうヤツ</title>
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		<modified>2008-06-05T20:13:53+09:00</modified>
		<issued>2008-06-05T20:10:19+09:00</issued>
		
	<dc:subject>１００冊キャンペーン基本書</dc:subject>		<summary type="text/html">	みんな、読書力を鍛えたいか？…そうだろう、ここはブンコキャンプだからな。これまでは短期間で効果を発揮するため、いわゆる古典ばかりをトレーニングしてきた。そうなると、みんなが気になるのは「今の小説はトレーニングしないの？」ってことだろうな。何で今の小説をこれまでトレーニングしてこなかったかっていうと理由は簡単だ。今の小説が読みたかったら、それぞれ何でも好きなのを読めばいいからだよ。本屋に行きゃあ今売れてるブンコは並んでるんだから、そこから選べばいい。ただ、好きなのを読むってのは単なる趣味に近くなる。いくらカラオケで歌っても歌そのものが上手くなるわけじゃないのと同じで、読書力を鍛える、って観点からいやあかなり弱い負荷になっちまうんだ。だが、ここはどこだ？そう！ブンコキャンプだ！だから今日は「文学的には&quot;今&quot;の作品で、しかも読みやすくてトレーニングになる」というテーマでブンコを選択してみたぜ。変身 (新潮文庫)カフカ
「ああ、あの、起きたら虫になってるヤツ？」ってみんなの心の声が聞こえてくるようだ。そう、その虫になっちゃってるヤツだけど、みんなこれをむしろ古典文学だと考えてるんじゃないか？確かに、1915年くらいの作品だから、大体100年位前だよな。それが新しいなんて、妙な話だと思っちまうかもな。でもな、実はこれは、今一番新しい文学作品の始まりの作品なんだよ。発表当時、同時代の小説家とか学者なんかは、これを読んでひっくり返っちまったんだ。「こんな書き方があったのか！」ってな。その感じを物凄く簡単にいやあ「絶対にありそうもないことを、いかにもありそうな感じに書く」ってことだ。カフカはこの作品で「家の中で長男が虫になってしまった様子を、実際に起こったこととして書いた」んだ。今考えるとそんなに画期的にも思えないだろうけど、19世紀まではそんな書き方をした文学は無かったんだ。ある意味、カフカが20世紀以降の文学を始めたんだよ。あくまである意味だけどな。それ以来、特に純文学といわれるような分野において、カフカがやったこと以上の変化は起こってないんだ。だから、&quot;現在一番新しい文学作品&quot;の始まりなんだよな。始まりだから、当然その後に続いていて、今現役の作家でカフカの影響を受けている作家は多い。日本にもいるだろ？そのものズバリ「海辺のカフカ」って小説書いてる作家がいるからな。そういう色々なことを考えずに今普通に読んで本当に面白いかっていうと、19世紀の古典なんかと違って、正直好みに左右されると思う。でも「変身」くらいは短いし買っても安いからとりあえず読んでおけば、今のベストセラー作家を理解するにも、今の文学の流れを理解するにも役立つと思うぜ。最後まで良く頑張った！１，２，３，ヴィクトリー！

 </summary>
		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/06/05/post-14/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font style=&quot;color: rgb(215, 0, 0);&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;み&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;んな、読書力を鍛えたいか？…そうだろう、ここはブンコキャンプだからな。&lt;br /&gt;これまでは短期間で効果を発揮するため、いわゆる古典ばかりをトレーニングしてきた。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そうなると、みんなが気になるのは「今の小説はトレーニングしないの？」ってことだろうな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;何で今の小説をこれまでトレーニングしてこなかったかっていうと理由は簡単だ。&lt;br /&gt;今の小説が読みたかったら、それぞれ何でも好きなのを読めばいいからだよ。&lt;br /&gt;本屋に行きゃあ今売れてるブンコは並んでるんだから、そこから選べばいい。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;ただ、好きなのを読むってのは単なる趣味に近くなる。&lt;br /&gt;いくらカラオケで歌っても歌そのものが上手くなるわけじゃないのと同じで、読書力を鍛える、って観点からいやあかなり弱い負荷になっちまうんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だが、ここはどこだ？そう！&lt;font style=&quot;font-weight: bold;&quot; size=&quot;3&quot;&gt;ブンコキャンプだ&lt;/font&gt;！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;だから今日は「文学的には&quot;今&quot;の作品で、しかも読みやすくてトレーニングになる」というテーマでブンコを選択してみたぜ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102071016/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;変身 (新潮文庫)&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;カフカ&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102071016/zicohihancom-22/ref=nosim/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41DP3DV2V4L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;4102071016&quot; border=&quot;0&quot;/&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;「ああ、あの、起きたら虫になってるヤツ？」ってみんなの心の声が聞こえてくるようだ。&lt;br /&gt;そう、その虫になっちゃってるヤツだけど、みんなこれをむしろ古典文学だと考えてるんじゃないか？&lt;br /&gt;確かに、1915年くらいの作品だから、大体100年位前だよな。&lt;br /&gt;それが新しいなんて、妙な話だと思っちまうかもな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;でもな、実はこれは、&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;今一番新しい文学作品の始まりの作品&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;なんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;発表当時、同時代の小説家とか学者なんかは、これを読んでひっくり返っちまったんだ。&lt;br /&gt;「こんな書き方があったのか！」ってな。&lt;br /&gt;その感じを物凄く簡単にいやあ「絶対にありそうもないことを、いかにもありそうな感じに書く」ってことだ。&lt;br /&gt;カフカはこの作品で「家の中で長男が虫になってしまった様子を、実際に起こったこととして書いた」んだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今考えるとそんなに画期的にも思えないだろうけど、19世紀まではそんな書き方をした文学は無かったんだ。&lt;br /&gt;ある意味、カフカが20世紀以降の文学を始めたんだよ。あくまである意味だけどな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;それ以来、特に純文学といわれるような分野において、カフカがやったこと以上の変化は起こってないんだ。&lt;br /&gt;だから、&quot;現在一番新しい文学作品&quot;の始まりなんだよな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;始まりだから、当然その後に続いていて、今現役の作家でカフカの影響を受けている作家は多い。&lt;br /&gt;日本にもいるだろ？そのものズバリ「海辺のカフカ」って小説書いてる作家がいるからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;そういう色々なことを考えずに今普通に読んで本当に面白いかっていうと、19世紀の古典なんかと違って、正直好みに左右されると思う。&lt;br /&gt;でも「変身」くらいは短いし買っても安いからとりあえず読んでおけば、今のベストセラー作家を理解するにも、今の文学の流れを理解するにも役立つと思うぜ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;最後まで良く頑張った！１，２，３，&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ヴィクトリー！&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;
&lt;/p&gt;
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	  	<author>
			<name>リーダー</name>
		</author>
		<title>マンガも読書のトレーニングマシーン</title>
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		<modified>2008-05-28T21:28:39+09:00</modified>
		<issued>2008-05-28T21:16:27+09:00</issued>
		
	<dc:subject>１００冊キャンペーン基本書</dc:subject>		<summary type="text/html">	今日は『源氏物語』を取り上げたい…なんていうと、「読書そのものだって今鍛えてるところなのに、古文なんか読みたくない！」なんて悲鳴をあげるヤツもいるかもな。何もいきなり原文読ませようってんじゃないぜ。そんなの、オレだって読んだことないんだからな。それも当然で、『源氏物語』は、普通の日本人は読めないからなんだよ。今みんなが普通に日本語として読める最初の文学は『徒然草』だっていわれてるから、鎌倉時代のことだ。その前までは今の日本語とだいぶ違うんだよ。まあ、日本語ではあるんだけどな。だから、平安時代に書かれた『源氏物語』が読めないのは当然のことなんだ。じゃあみんなどうやって内容を知るかっていうと、与謝野晶子とか瀬戸内寂聴（瀬戸内ジャクソン）なんかの現代語訳があるから、最初はそれを読むわけだ。源氏物語 巻一 (講談社文庫)瀬戸内 寂聴 ただ、それだって難しいぜ。世界最初の長編文学って呼ばれてるくらいだから長いし、その分登場人物も多い。今の人と名前の呼び方なんかも違うし、親戚同士で恋人になったり、妻が一人じゃなかったりっていう今じゃありえない人間関係があるから、なかなか相関関係が把握しにくい。そもそも、舞台である平安時代の京都の暮らしなんて、想像するのに一苦労だろう？でも安心してくれ。これらの問題を一挙に解決してくれるブンコがあるんだ！あさきゆめみし―源氏物語 (1) (講談社漫画文庫)大和 和紀
世代によっては読んだことあるかもしれないな。少女マンガの巨匠・大和和紀の『あさきゆめみし』だ！よく「マンガを読むとバカになる」なんていうから、マンガは読書力トレーニングにマイナスになると考えちまう人もいるかもしれない。確かにマンガしか読まなかったらバカになるかもしれないけど、想像力の補強に映画を活用するように、マンガだって読書のサブテキストとして大いに活用させてもらわなくちゃな。このマンガは、受験勉強の時に塾の先生から勧められたりすることもあってくらい、原作に忠実だし、良く調べて描かれてるし、何よりマンガとして最高に面白いんだ。古典は、マンガででも何でもまずその内容に触れることが重要なんだよ。全然触れないで一生を終わるよりはましだろ？これだったらその上読んで面白いんだから最高だよな。もしこれで『源氏物語』に興味がわいたら、少しずつ原文に触れるようにすればいいんだ。そのときはもう内容とその面白さはわかってるわけだからな。読書力を鍛える、という観点から言えば、古典文学は最高のトレーニングだ。ここから『源氏物語』の面白さを知り、さらに古典全体に興味が沸いてくればトレーニングとしては最高だな。最後まで良く頑張った！１，２，３，ヴィクトリー！

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		<content type="text/html" mode="escaped" xml:base="http://www.zico-hihan.com/modules/wordpress5/archives/2008/05/28/post-13/"><![CDATA[	&lt;p&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;color: rgb(215, 0, 0); font-weight: bold;&quot;&gt;今&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;日は『源氏物語』を取り上げたい…なんていうと、「読書そのものだって今鍛えてるところなのに、古文なんか読みたくない！」なんて悲鳴をあげるヤツもいるかもな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;何もいきなり原文読ませようってんじゃないぜ。そんなの、オレだって読んだことないんだからな。&lt;br /&gt;それも当然で、『源氏物語』は、普通の日本人は読めないからなんだよ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;今みんなが普通に日本語として読める最初の文学は『徒然草』だっていわれてるから、鎌倉時代のことだ。&lt;br /&gt;その前までは今の日本語とだいぶ違うんだよ。まあ、日本語ではあるんだけどな。&lt;br /&gt;だから、平安時代に書かれた『源氏物語』が読めないのは当然のことなんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;じゃあみんなどうやって内容を知るかっていうと、与謝野晶子とか瀬戸内寂聴（瀬戸内&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-weight: bold;&quot;&gt;ジャクソン&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;）なんかの現代語訳があるから、最初はそれを読むわけだ。&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;ただ、それだって難しいぜ。世界最初の長編文学って呼ばれてるくらいだから長いし、その分登場人物も多い。&lt;br /&gt;今の人と名前の呼び方なんかも違うし、親戚同士で恋人になったり、妻が一人じゃなかったりっていう今じゃありえない人間関係があるから、なかなか相関関係が把握しにくい。&lt;br /&gt;そもそも、舞台である平安時代の京都の暮らしなんて、想像するのに一苦労だろう？&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;でも安心してくれ。これらの問題を一挙に解決してくれるブンコがあるんだ！&lt;/p&gt;
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	&lt;p&gt;世代によっては読んだことあるかもしれないな。少女マンガの巨匠・大和和紀の『あさきゆめみし』だ！&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;よく「マンガを読むとバカになる」なんていうから、マンガは読書力トレーニングにマイナスになると考えちまう人もいるかもしれない。&lt;br /&gt;確かにマンガしか読まなかったらバカになるかもしれないけど、想像力の補強に映画を活用するように、マンガだって読書のサブテキストとして大いに活用させてもらわなくちゃな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;このマンガは、受験勉強の時に塾の先生から勧められたりすることもあってくらい、原作に忠実だし、良く調べて描かれてるし、何よりマンガとして最高に面白いんだ。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;古典は、マンガででも何でもまずその内容に触れることが重要なんだよ。全然触れないで一生を終わるよりはましだろ？&lt;br /&gt;これだったらその上読んで面白いんだから最高だよな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;もしこれで『源氏物語』に興味がわいたら、少しずつ原文に触れるようにすればいいんだ。そのときはもう内容とその面白さはわかってるわけだからな。&lt;/p&gt;
	&lt;p&gt;読書力を鍛える、という観点から言えば、古典文学は最高のトレーニングだ。&lt;br /&gt;ここから『源氏物語』の面白さを知り、さらに古典全体に興味が沸いてくればトレーニングとしては最高だな。&lt;/p&gt;
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