合同企画「リーダーズギキョクキャンプ」
やあみんな!LEADERだ。
今回からは特別講習って事で、脚本、得に戯曲執筆を学んでいくぞ。
戯曲は文学だ。ってことで、オレLEADERが「リーダーズブンコキャンプ」から特別講師として招かれたぞ。「EG宣言」と「リーダーズブンコキャンプ」の合同企画って事でひとつよろしくな!
さて、オレはもちろん普段「リーダーズブンコキャンプ」の隊長なわけだが、自己批判ドットコムみたいな演劇のサイトでどうして本(小説)を読むのを勧めてるかっていうと、
40、脚本(戯曲)は、それそのものだけで独自の発展をしていない
からなんだ。
これじゃ何だかわかんないか?つまりな、戯曲ってのは、(舞台で上演される目的で書かれた)戯曲の存在だけで進化しているわけではないって意味だな。
たとえば、80年代に活躍した戯曲家は殆どベケットの「ゴドーを待ちながら」に、直接間接に関わらず何らかの影響を受けてると思うけど、「ゴドー」ってのはカフカという作家無しには生まれ得なかった作品だ。
こんなふうに、戯曲ってのは文学の発展に寄り添って存在しているわけだな。
戯曲だって文学だから当たり前と言えば当たり前なんだけど、演劇だけをやったり観たりしていると、その当たり前のことを忘れがちになっちまうんだ。
この事実は、観る側からは作品の善し悪しの判断に役立つ。
例えば、ある演劇を観て、どんな文学の流れにもあてはまらないような作品に感じたなら、それですでに"ものすごく画期的な作品"か"勉強不足の産物"かの二択に絞れるわけだ。
何だってそうだけど、演劇の勉強は演劇だけ観てりゃいいってもんじゃないよな。
戯曲が文学の範疇にあるもんなら尚更だろ?
だからわざわざコーナーまで設けてブックリードの訓練を勧めているわけだ。
もちろん、普通の文学(小説)にはない戯曲ならではの特徴もあるぜ。
当たり前だけど、それが"劇の上演の為に書かれてる"ってことだな。
だから、小説と戯曲の最大の違いを考えてみることで、戯曲ならではの執筆技法、書くテクニック、あるいは(俳優の立場では)戯曲を本格的に読む技術が学べるって寸法だ。
オレが考える、
41、小説と戯曲の最大の違い、それは、時間の制約の大小
またここにも時間がでてきた。このEG宣言じゃ主に時間の側面から演劇にアプローチしてるよな。
それが何でかっていう理由のひとつがこの41なんだ。
次回以降は演劇に時間がどうしてそこまで大切なのか、戯曲執筆の面から学んでいこう。
みんな!最後までよく頑張った!1,2,3,ヴィクトリー!

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