お前にとってそれは人生そのものか?と常に問え
吾輩は、人類最強人類最強と連呼しながらも、心のどこかで「それはちょっと大げさだろう」と半笑いしているところがあったのである。しかしそれは彼を甘く見ていたのである。彼に対しては、いかなる冷笑的な態度も許されない。彼はいつだって本気だからである。
吾輩は人類最強の男・オシムさんから、日本人の中でさえ最強とも思えない岡田監督にバトンタッチしてから、日本代表に対する興味を失っていた。理由は人類最強の男が率いるチームでなくなったからである。日本代表そのものを熱心に応援しているのでは無かったことにそのとき気づいたのである。
したがって先日のワールドカップ3次予選、日本VSタイ戦も端から観ないつもりでおり、実際そうした。両者の力関係を考えれば勝って当然の試合でもあり、結果すら気にしていなかった。
そして翌日になって、偶然吾輩の目に飛び込んできたニュースが以下のものである。
繰り返すが、吾輩は本当に彼を甘く見ていた。本当に驚いたのと同時に、これによって先のボスニア戦での来場がファンへの挨拶・顔見世目的ではなく"単に試合を生で見たかっただけ"だったことが判明した。
そうだった、彼は病院でこう言っていた筈ではないか。「サッカーの仕事が出来ないことが不自由だ」と。それは決して冗談などではなく本気であり、これからも日本代表の試合がある度にスタジアムに訪れるのであろうし、もうそれは、自分の病気とか何とかを超えた習慣と言うか、そうした人生なのであろう。
この世には「年300本観る」などと豪語する演劇マニアがいる。それらの人々は、大病を患った後、杖をついてでも観劇に行くのだろうか?せいぜい病の床で死に怯えるのが関の山であり、行かないだろう。それは観に行く事自体が目的化しているだけであって、それが人生ではないからだ。彼らが観劇によって何も成し遂げていないのは、数が多いだけでそれが人生とシンクロしてはいないからだ。
以下は決して批判ではない、との前提で読んで欲しいのだが、果たして岡田監督にとってサッカーが人生だろうか?普通はそうではないのだから、そうでないとしても誰も岡田監督を責められない。
しかし、もしオシムさんが率いていたら、ワールドカップの本大会でどんなに面白い人生のドラマが観られただろうと考えると悔やまれてならないのである。
あと吾輩が一番懸念しているのは、Jリーグのシーズンが始まったら、それにもオシムさんが代表監督時代と変わらぬ頻度で観戦に訪れてしまうのではないかという事である。それが彼の人生だから。チンコ!













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