・とうとう正式に開始された連載小説欄。
・一応言っておきたいのは、吾輩は決していわゆる携帯小説を頭ごなしに否定するものでもなく、それそのものにはむしろ一定の存在価値を認めるものである。
・"非携帯小説"とおちょくってみたのは、誰も表立って批判できないという意味で一つの権力となりつつある携帯小説というマーケットそのものへの反抗心からである。
・コーナーの意義としては、色々理屈はこねているが要するに習作小説を発表する場である。
・習作とはいっても、戯曲は10年も書いているので全くの初心者とは違うだろう。しかし実際、戯曲と小説は別物ということを執筆を通して実感として学んでいるところである。
・戯曲と小説がどれくらい違うかというと、演劇といわゆるインプロほども違う。つまり本質的には両者に似たところは全く無いのだ。その差異を楽しみながら書いているところである。
・なお、LEADER’S BUNKOCAMPにおいてミステリーの項をとりあえず一区切りし、新たな展開へ踏み出す予定である。
・ところでLEADERはリーダーと違い、他者を悪し様に貶したり批判したりはしない人物である。
・そこで悩ましいのは、吾輩が心中で"サブカル地雷"と呼んでいる現象をどう扱うか、ということである。
・詳しく解説したい。文学というものをメインカルチャーと定義することに異論のある人は少なかろう。
・文字通り文学は文化の中心にあるものであり、それに比べて漫画やインターネットなどは傍流である。だから世の保守的な、或いは良心的な人は「本を読め」と促すのである。
・と、こう真正面から論じると却って説得力を欠くだろうから言い換えたい。サブカルチャーは、別段こちらから吸収しようとせずとも触れられ、身につくものである。
・本質的には娯楽だから楽であるし、テレビに至ってはつけてさえいれば情報が受け手側にどんどん発信される。
・じっとしていてもサブカルだけは身に付くのが今の時代である。それはmixiのコミュニティーなどの隆盛を見てもわかる。
・さて、例えばどこかに、もしその受動的でも身に付くサブカルの価値観を乗り越えようと決意した若者がいたとしよう。読書とは、そうした人がとるべき殆ど唯一の選択である。
・そしてその彼彼女が能動的に書籍を買い求めた結果、それが本当はサブカルだったとしたら?そこにサブカルが紛れ込んでいたとしたら?
・今書店で容易に買える小説の多くがサブカルの影響から逃れえず、特に現在の純文学はサブカルと不可分となっていることは芥川賞の選考委員でさえ認めるところだろう。
・というような理由で、てっきり文学かと思って読み始めたらサブカルを踏んでしまった、この現象を吾輩は"サブカル地雷"と呼ぶのである。
・この現状は、BUNKOCAMPを執筆する上で非常な問題なのである。
・何故なら、先に述べたように、自ら読書をしようと決意を固めた人というのは、圧倒的多数である受動的な価値観を乗り越えようと厳しい船出に乗り出そうとしている人、すなわちサブカルチャーではなくメインカルチャーを自分のものにしようとしている人だからである。
・しかるにBUNKOCAMPとしては、このサブカル全盛の時代において、それが排除されたものを紹介する必要に迫られているのだ。
・それを、他人の批判を一切せず、「何かLEADERが勧めるのは古典ばっかり」などと思わせずにできるのか否か。非常な難局に立たされているといえ、お手並み拝見的局面であると言えよう。チンコ!