・折り込みチラシというものがある。小劇団が公演をするときに必ずと言っていいほど刷るパンフレットの中に、他劇団の公演チラシを折り込むものだ。
・観客の立場からすれば観に来た公演に関係のあるものだろうと感じるはずだが大体の場合そうではない。全然知り合いでない劇団の公演であっても、頼んで入れてもらうのである。私は当初、この暗黙の慣習と化したシステムを知らずに恥をかいたことがあり、これはあとで「自己批判ショーのあけぼの」にも書きたい。
・先日ある劇団の公演で手に入れた折込チラシの中に、"音楽に感情を表現させない"ミュージカル、を標榜した公演のチラシが入っていた。
・それには説明書きがあって、「突然歌を歌いだす」ことに代表されるミュージカルの恥ずかしさへの表明とともに、それを乗り越える試みとしての恥ずかしくないミュージカル、すなわち音楽劇と対話劇の両立を目指すんだ、というような趣意が述べられていた。
・日本の現代演劇よりはるかに歴史が長く、より深く発展を遂げている"いわゆる"ミュージカルは、彼らの言う恥ずかしさも自覚の上で、それを乗り越える試みがいくつもなされ、もうだいぶ前から高度に斬新に乗り越えてしまっている。
・彼らが"ミュージカル"だと思っている狭義のミュージカルでさえ、今やそうした考え方を織り込んだ表現形態になってしまっているので、彼らの言い分は、よくある、アンチと設定した対象に対する無知からの的外れな批判となってしまっている。結果的に、批判する気がなかったとしても批判のための批判になってしまったのだ。
・しかし私はこの齟齬を、たとえそれが重大であったとしても、その無邪気さゆえ強く責める気にはなれない。それは以前は私も似たようなことを考えていたかもしれない、という同類哀れみのような感情かもしれないし、また、彼らを取り巻く環境、特に先輩や先人の怠慢による教育不備への同情でもあるような気がする。
・私はこの頃「いくら真実でも、時が熟さないと説得できない事実はある」ということを感じるようになって来た。例えば「それがBGMやSEとしてであろうとサウンドが使用されている、近代的な手法が用いられたリアリズム演劇は全てミュージカルの一種」だという真実を述べたとして、現時点では納得してくれる人はごく僅かだろう。
・そんなことをいおうものなら右翼扱いされてきた「中国はチベットを侵略した」という事実。近頃になってようやくこの真実を世間に説得する機が熟してきたが、真実であると都合の悪い人が多すぎるため、以前はほとんど絶望視されていたものだ。
・だから、もしかしたら「ミュージカル以外のものを標榜しようがしまいが皆いつの間にかミュージカルやってるんですよ」という真実を説得できる、その機が熟す時がいつかくるかもしれない。私だって、ミュージカル観劇を勧めてくれた大事な友人の存在が無ければ、同じ事をしていた可能性だってあるのだ。
・虚心坦懐に研究に励めば、誰だっていつか真実に行き着くものだ。その一環としての、DVDで簡単に見られる以下の作品群を紹介したい。
・最初に挙げる「ヘアスプレー」の発売に合わせ、以下の2作品も廉価版でリリースされる。この機会にぜひどうぞ。チンコ!
ヘアスプレー DTSスペシャル★エディション (初回限定生産2枚組)
ザック・エフロン ニッキー・ブロンスキー クィーン・ラティファ

プロデューサーズ コレクターズ・エディション
マシュー・ブロデリック ネイサン・レイン ユマ・サーマン

レント デラックス・コレクターズ・エディション
ロザリオ・ドーソン ウィルソン・J・ペレディア テイ・ディグス